【この場を作った理由】
私自身、日々の中で
相手の意見に対して反射的に怒ってしまったり、
問題が起きたときに、無意識に誰かのせいにしている心に
後から気づいて、疲れてしまうことがありました。
欲しいものを手に入れたはずなのに、
しばらくすると、また何かが足りないように感じる。
忙しく、ゆとりのない生活の中で、
「何かが違う」「このままでいいのだろうか」
そんな感覚に、心が飲み込まれているような日々でした。
そんな中で、
お釈迦様の「人生は苦である」という言葉に、
ほんの少し触れる機会がありました。
私なりにその言葉を受け取っていく中で、
そこには
悩みや生きづらさ、不安、葛藤といったものを否定するのではなく、
どのような条件や流れの中で生まれているのかを
見ていく視点が含まれているように感じました。
それは、
「こうすれば救われる」という答えではなく、
社会を生きる中で起こる心の動きに対して、
物事を少し整理して見直すための
哲学的なものの捉え方のように思えたのです。
私にとって
「人生は苦である」という言葉は、
絶望を示すものではなく、
「もし変わらない真理があるなら、そこには原因と流れがあるのではないか」
とほんの一瞬立ち止まるきっかけになりました。
修行をしたわけでも、
説法を聞きに行ったわけでも、
何かに救いを求めたわけでもありません。
ただ、自分の心のあり方を
少しだけ見ようとしたことで、
これまでとは違う見え方が生まれただけでした。
この場は、
同じような違和感や苦しさを抱えている人が、
ほんの少し立ち止まって「今の自分」を観るための、
小さな余白として作りました。
答えを与える場所ではありません。
静かに、余白を残す場所でありたいと思っています。
【注意書き】
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これは診断や医療・治療を目的としたものではありません。
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ここで示される言葉は、あなたを評価したり、未来を断定するものではありません。
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心の状態は固定ではなく、状況によって行き来します。
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このサイトは、特定の宗教や思想への勧誘・加入を目的としたものではありません。
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もし読むことが苦しく感じたら、離れて大丈夫です。必要なときに戻ってきてください。
【使い方】
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正しく答えようとしなくて大丈夫です。
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迷ったら、いま一番近いものを選んでください。
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分からないときは「分からない」を選んでください。
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結果は、今この瞬間の一つの断面として読んでください。
このサイトの文章は、
お釈迦様の弟子である阿難の立場を借りて、
教えを日常の言葉に置き換える形で書かれています。